マザリングを読んだ感想を書く前に

読み終わってからしばらくして、香港でレズビアンカップルが刺殺されるフェミサイド、かつ同性愛者へのヘイトクライムが起きた。

記事のトップには、わたしが使っているマッチングアプリでスワイプしたら出てきそうな質感と色味に加工された、カップル写真が使われていた。「うちら」が殺されたのだということをゆっくり自覚した。出回っていた監視カメラの動画について、何人ものフォロワーが「あまりにも辛い映像なのでよほど元気がある人でなければ見ないように」と促していた。その注意喚起を見た後で、私は見た。「今見なければいけない、怒るために」と思ったわけではなかったし、全く元気はなく、むしろ通っている整体師に過労を指摘されていた。書いてる今もまだ、なんで見たのかわからない。風呂で見て、見終わってから湯船でぼーっとしていたらまだ体や頭を洗ってないのにのぼせてしまって、最低限水分を拭き、そのまま布団に倒れた。30分くらい陰毛をむしった。観終わった昨日から書いてる今まで、U-NEXTでのおジャ魔女どれみの視聴、テルマの視聴、バイト、入管法改悪についての報道と特集を増やすよう各報道機関のお問い合わせフォームにお問い合わせ、メールの返事、日本軍従軍「慰安婦」問題についての中学生向けの書籍を読んでる時間以外すべて、2人の死について頭が巡った。(テルマおジャ魔女は、その死の映像としての巡りが止められないので、昨日眠るために見始めた。)これがプライドマンスらしい。

恐怖を想像する。そんな早く腕動かしたことねえわという速さで、繰り返し刃物が自分に刺さってくる。近くの階に売られていたという刃物が、自分の胸や首や腹を繰り返し裂き、入って出ていくのは、血が出ていくのを感じるのは、どれほどの痛みで、どれほどの恐怖だっただろう。なぜ他人の体に刃物を刺し、命を奪っていいと思い、実行する生物が、この世に存在してしまっているんだろう。一緒に暮らしてたという、その日の会話はどんなだったのだろう。同じ部屋で、親密な相手と共有した空気、時間、空間はどんなものだったろう。それと地続きだったはずの昼過ぎのショッピングモールで、クソゴミに勝手に命を絶たれる絶望は。死までの時間は。目の前で恋人が理解不能な暴力にあい、ゴミが手を緩む隙を見てはすぐに、動けない恋人を引きずり、しつこく襲ってくるゴミから何度も逃がそうとし、何かを叫び、守ろうとした勇気は。張り詰めた中引きずった恋人の体の重さは。床についた赤い血を見て、恋人の死を理解した瞬間は。そうすることで次に殺意を向けられると、きっとわかっていたはずなのに。形容できないほどの恐怖を感じていたはずなのに。勇気で、何を叫んだんだろう。

多くの女やクィアが、地獄よりも辛いニュースを目にした時、きっと一度は想像する。自分がフェミサイドやクィアへのヘイトクライム、レイプの被害者になった時、一瞬でも加害者に自責の念を持たせようと、どうせ死ぬならなんかダメージを与えなければいけないと、なんかしら放つ言葉を何にするか。「私を殺してもあんたが無価値なのは変わらない」「私を殺してもお前の特徴にはならない」「おっ個性がないやつあるあるのレイプ」。色々想像しても、本番では恐怖で言えない可能性の方が高い。まだたまたま本番が来ていない。

自分は映像を見たくせに、先に憎悪を向けられた「男性の格好をする女性」の属性と勝手にみなされそうな何人かの知人が、映像を観ていないことを祈っている。

 

私は社会運動に対してホモソになる才能がなかった。

社会問題に関する漫画は、目には目を、歯には歯を、ホモソにはホモソを、みたいなのが多くて、あまり自分も真似できそうなロールモデルがなかった。だから私がホモソにはホモソを、以外の作品を描かないとと思ったし、というかまず自分にはホモソにはホモソををやりきって作品に仕上げる才能は皆無だと思う。

 

でも2人の死で、ホモソにはホモソを、ができない自分は、何もできなくて、死んだ方がいいと思った。

わたしはフェミニストクィアのテンションを少しだけ上げることができても、何度も何度も振り下ろされた刃物が刺さる痛みを代わってあげることもできない。そのうちの一刺しでも坊主頭に突き刺すこともできない。(記事をLINE翻訳したら犯人を坊主頭と呼んでいた。)坊主頭を殺すこともできない。坊主頭に加害者教育を施すこともできない。坊主頭をゴミとしか思えず、加害者教育を行う忍耐力はない。もしやらされたら寝込むと思う。1ヶ月前、日本軍従軍「慰安婦」にさせられた女性を強姦したことを証言したおじいさんの映像を観た時や、先週ハマってた『I MAY DESTROY YOU』のヒゲの人がステルシングをして告発された後も人生が続いてマシに生きようとする様を観た時は、加害者形成のプロセスについてじっくり向き合おうと本気で思っていた。「フェミニストを名乗るトランス差別煽動者」の存在も、加害属性に至る人の距離の近さ、思ったより遠くない存在だという自戒に拍車がかかった。

でも今は恐怖でゴミとしか思えない。多分むこう数ヶ月は、そうやって恐怖とミサンドリーで勉強できない。なんで人の命を踏み躙る機能を人間に与え、それを男性に表出しやすくしたんだろう。殺人事件の加害者の8割は男性ということを久しぶりに思い出す。

坊主頭は精神疾患の男と記事に書かれていた。自覚的に鍛えられたような肉体だった坊主頭は、どのような精神疾患だったのだろう。先月ハマってたスラムダンクの登場人物みたいにムキムキだった。スラムダンクの登場人物は画面の中から出てこないし、女性やクィアに憎悪を向けることに興味がないので、安全に観ていた。花道くんがルカワ親衛隊にボコられるシーンが好きだ。坊主頭のようなゴミも含めてふつう人間は、自分より弱いことがわかっている相手にしか暴力を振るえない。やばい3年ぶりに主語でかを気にした、でも事実だと思う。約190cmくらいで、とてつもなく筋肉質な男性の花道くんを、普通女は殴れない。ルカワ親衛隊はすごい。第一話で、約190cmの男が目の前に2人いて片方が血を流している、という状況で、ハルコさんが殴った側だと思われる男に「見損なったわ暴力振るうなんてサイテーよ」的なこと言うシーンもすごすぎる。それか、花道君が女に見える人を絶対に殴り返してこなさそうな何かをかもしているのか。ルカワ親衛隊やハルコさんの強さは、気に入らないなら文句を言えばいい、という作者の恐怖へのリアリティのないミソジニックなファンタジーからなのか。実際ハルコさんやルカワ親衛隊のようなっょ女が周りにいたのか。花道君が安全オーラすごいのか。わからなくなってきたけどどうでもいいか。

 YouTube入管法改悪に関する報道についたヘイトコメント(報告済)にも同様の暴力が書かれる。まず日本人を優先しろ、助けてあげたいなら彼らに多く税金を納めさせろ(就業を制限しておいて)、犯罪者や不正な滞在者をまず罰しろ。

一部記事では2人を友人だとし、ミソジニーホモフォビアに起因するヘイトクライムの事実を消す二次加害を行なっている。

 

あんなにかわいいハルコさんよりものを言えないし、多分全身脱毛済みのルカワ親衛隊よりものを言えない。無力だと思う。多分自分の回復のために、もうすぐ、『マザリング 現代の母なる場所』の感想を書く。でも死んでしまったレズビアンカップルの2人は、死んでしまったので回復ができない。

 

お母さん。私のお母さんはクィアのお母さん界ではかなりマシな方。とんでもない毒親だと思ってた時期が過ぎて、私のうつ病を機に、セクシズムへ抗う重要性も理解している。家族の中で唯一自民党に投票しなくなってくれた。

そうなってからも、何度も、会話の流れで、どんなにやめてくれと懇願しても、私に子どもを生んで欲しいと伝えてくる。

自発的に言わなくても、会話の流れで。自分の世話すらままならなくて寝込んでしまう私を眺めながら、出産と育児を期待している。

お母さん。

また私たちが殺されたよ。

この世界に生まれた子が女に見える子だったら、女に見えるというだけで、殺されたりレイプされたりする可能性が高い。

女に見える子が男を愛さなかったら、男を愛さないというだけで、殺される確率がさらに上がる。

男に見える子が生まれたら、いとも簡単に、人の命を奪い尊厳を踏みつける可能性が高くなる。外から何度も何度も繰り返し、異常な視点で女を見るのが普通なんだと教え込まれる。競争と排除と差別に力を使ったら、自分の安全が確保されるという言説へのドアが、あらゆるところにぱかぱか開いている。そのドアから逃げるのはとても大変で、あまりにも量が多くて、どんな人でも全てのドアから逃げることはできない。

 

電車に乗る時、歩く時、買い物する時に、死の不安を感じずに生きてみたい。

お母さん、そんな世の中に、誰かの人生を生んでしまう責任をもてないよ、私の体力じゃ。私のできないたくさんのことのせいで。そう言えば、もう子どもを生んで欲しいと言わなくなってくれるかしら